人と音色MAGAZINE
オリジナルゆる楽器開発『電車ベース』

オリジナルゆる楽器開発『電車ベース』

特別支援教育の視点を取り入れた、たったひとりのための楽器開発プロジェクト

株式会社人と音色と、世界ゆるミュージック協会に参加している株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントとが共同で、発達に特性のある子をターゲットにした新しいゆる楽器の開発に取り組み、自閉スペクトラム症のある小学生の男の子をターゲットに、継続的な音楽レッスンや密着取材からヒントを得て、たったひとりのための電子楽器を開発しました。

ゆる楽器『電車ベース』開発プロジェクト
開発期間:2022年5月1日〜2023年3月31日
開発:株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(世界ゆるミュージック協会 https://yurumusic.com/)、株式会社人と音色、中西宣人(フェリス女学院大学)

大好きな電車を行ったり来たりさせながら演奏する新しいベースギター

ターゲットの男の子は電車が大好き。そんな彼が自然と関心をもって取り組むことができる楽器を目指し開発したのが電車ベースです。ネックを線路に見立て、電車を動かすことで音程をコントロール。ボディをタッチしたり、ホールドすることで自在のリズムで音を奏でられます。様々な演奏モードや音色を搭載し、いろんな習得段階で楽しむことができるように工夫しています。

電車をスライドさせて、音程をコントロール
タッチしたりホールドすることでリズムをコントロール。LEDランプも音程にあわせて色が変わります。
担がずにテーブルに置いて演奏も可能。小さい子も簡単に音を鳴らせます。
ふたりで協力して、演奏することもできます!

継続的な音楽レッスン+楽器開発で、仮説と検証を重ねる丁寧な開発プロセス

本プロジェクトはツナガリMusic Lab.の継続的なレッスンと、楽器企画・制作の2軸で進行しました。レッスンをとおして楽器演奏に取り組みたくなる意欲の引き出し方、逆に苦手なシチュエーションも観察し、楽器アイデアに活かしました。またそのアイデアを楽器にお取り込みレッスンで検証する、といった丁寧なアプローチで開発を行いました。

開発を進めるうえでは、アイデアを形にしたら何度も触ってもらうといった、ターゲット主体のスモールステップの開発を心がけました。楽器を目の前にしたときの彼の素直な反応を受け取り、開発に反映することで、楽器から人に寄り添っていく”たったひとりのための”楽器開発です。

密着デー

開発初期、レッスン外の場面での様子を知るために「密着デー」を設定。ランチ、水遊び場のある公園、都電ツアーなど普段の好き・楽しいの場面をめぐり様子を観察。エレベーターのボタン、電車など好きなモチーフを見つけたり、赤ちゃんと接するときにお兄さんになる一面を見つけたりと発見の多い一日となりました。

スタジオベース体験

電車を使ったアイデアを色々企画したのちに電車ベース案が生まれたタイミングで、まずは本物のエレキベースを体験してもらうため、ベーシストとスタジオに入りました。ベースの上に電車をのせてみると「線路みたい!」とプラレールを手に取り、ネックの上をガタンゴトンとすべらせたり、弦をはじいたり楽しむ様子が見られました。ベースの低い音にも特に抵抗はなく、電車ベースのアイデアに手応えを感じ、開発を進める判断をしました。

電車ベース モック機体験

電車ベースの基本機能を搭載したモック機での体験会を実施。どっちの手で触るか、楽器をかつぐかデスクに置くか、どの部材に注目するか、サイズはどうかなど、、ありのままの反応を観察し、開発課題を整理しました。この段階で「机に置いても演奏できる仕様」「右手はシンプルな動作にする」などインタフェースの方針が決まりました。

一年間の主な開発活動

開発チーム・コメント

株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント 西山佳余
「合理的配慮」という言葉が少しずつ浸透してきていますが、発達に特性のある子供達が抱えている困りごとや興味の範囲はまさに千差万別で、個々に応じたオーダーメイドのケアが必須となります。今回モデルとなった電車好きの男の子は集中力と対人コミュニケーションに課題があるのですが、既存の楽器に本人を無理やりはめこんで矯正(強制)していくことは決してせず、本人の興味や特性を理解し、寄り添いながら楽器自体が変身を遂げていくアプローチは、長く音楽業界に身を置く人間としても、2児の母としても目から鱗の学び多きプロジェクトでした。大好きや得意がぎっしり詰まった「電車ベース」の演奏・合奏を通じ、「他者に共感し、対話する」面白さを果たして彼は享受できるのか…これからがとても楽しみです。

フェリス女学院大学 中西宣人
これまでは楽器を演奏する人が楽器に合わせて変化することで音楽や演奏に関わってきました。しかし、楽器の形態や機能は、楽器を演奏する人の数だけ種類があってもいいのではないでしょうか。そんな思いから、演奏者一人ひとりに寄り添い、形態や機能を変化させる楽器の研究を進めてきました。今回のモデルとなった男の子と電車ベースの変化を楽しみに、また我々も学びながら変化し、実践を進めていきたいと思います。

坂本夏樹
レッスンを通して彼の好きなこと、興味のあること、得意な方法を見つけて一緒に音楽を楽しんできました。既存の楽器を演奏出来るようになる指導をするのではなく、どんな楽器があれば彼は楽しめるだろうかと逆の視点から考えるこのプロジェクトは、私にとっても新しい経験でとてもワクワクしました。彼のために生まれた「電車ベース」でどのような表現をしてくれるのか、どんな出会いが生まれるのかとても楽しみです。

人と音色 武藤紗貴子
普段子どもたちとかかわっていると、自分の気持ちを正直に表現してくれることがあります。「好きなことは好き!」「やりたくないことはやりません」この1年間、レッスンの時間を共にした男の子も、自分の気持ちに正直で一切の忖度なしで、ストレートな表現をする男の子でした。このプロジェクトは、そんな彼に楽器を演奏「させる」のではなく、正真正銘彼を主人公として、彼が「好き!やりたい!」と思える楽器を目指し、設計を行ってきました。改めて、すでにある音楽や楽器というものの”正解”に囚われずに、自由に音楽を楽しむことを彼から教えてもらったように感じます。彼の「好き」から始まったこの楽器が、さらなる「やりたい」という意欲に繋がっていくように、彼と共に磨き続けていきたいと思います。

人と音色 武藤崇史
電車ベースは、「彼が世界で一番の演奏をする楽器になればいいなぁ」と思いながら、たったひとりのために作りました。好きなことや得意を起点にしたものづくりは、ひとりひとりを「世界一」「唯一無二」にできるかもしれません。今回の取り組みで「ちがいに耳を傾ける」の新しい可能性を感じました。

クレジット

世界ゆるミュージック協会
企画・開発:株式会社ソニー・ミュージックエンタテイメント、株式会社人と音色、中西宣人(フェリス女学院大学)
レッスン:ツナガリMusic Lab. 坂本夏樹
デザイン:松尾聡(人間)

楽器開発のまとめと、これからの取り組み

今回、たった一人のために作ってみて、本物のベース体験から、レッスンでもモックからどんどん進化して直接触ってもらうことで、本人も「自分の楽器」という自覚が芽生えていました。家でもプラレールで「電車ベースを作る!」とおもちゃを組み合わせて作っている様子も。また視覚優位な彼の認知特性にも配慮して搭載した音階に合わせた色で光るLEDライトなど、細かな工夫も体験価値を高められていたようです。2023年度は実際に楽器の上達と、合奏への参加にむけたレッスンや必要な楽器のアップデートに取り組みます。

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